あれから数日。
様子を窺いにきた佐川から鬼仁会のことを聞くも大した情報は得られなかった。わかったのは近江連合の直参くらいなもので、なぜマキムラマコトを狙っているのかはさっぱりわからないままでいる。鬼仁会の人間からもちょっかいを出されたが、今だ全貌がつかめないままだ。どうも彼らは真島がマキムラを隠していると思っているらしい。目的を聞こうとしてもはぐらかされて苛々する。
期日が迫っている。早く殺さなければならない。……あの男を?弟を?……けれど、そうしなければ極道に復帰はできないのだ。忘れてしまえ、あんなやつのことなんて。あいつが現れる前までは赤の他人だったのだ。気にすることは無い。次こそ殺す。
けれど、でも。思考が纏まらない。一度納得したと思った瞬間に否定の言葉が浮かんでくる。ぐるぐると真島の周りにまとわりつき、どの答えをだそうとも離れようとはしてくれなかった。
足が棒になったようだった。歩くのが億劫で、それでも仕事に出なければならない義務が真島の身体を動かしている。自分の意思もなく動く身体が滑稽だった。なにもしたくないというのに、しなければならないことが山のようにある。逃げてしまえば楽なのはわかっているが逃げるわけにはいかなかった。今日も燕尾服にドスを隠してグランドに向かう。
店に入るなり黒服が慌てた様子でこちらにやってきた。変な客がいるらしい。こんな時に一体何なんだ。こうも厄介ごとが続くとヤケをおこしそうになる。
(なんやねん、どいつもこいつも)
好き勝手しやがって。自分だけ蚊帳の外にいるようだ。紛れもない当事者だというのに疎外感がある。どうしようもない悔しさが真島の中に居座った。
店でキャストの女に手を出していたのは見るからに偉そうな男である。その風体どおり、男は金を積み上げてグランドを貸し切りにし、人払いをした。西谷と名乗ったそいつは鬼仁会の会長だという。
ようやく話が進みそうだ。頭がくらくらする。ここ最近、ひたすら気が重いことばかりつづいていたせいだろうか。早く終わらせて休みたい。
「真島君、マキムラマコトのこと追いかけとるんやろ?色々教えてぇな。偽のマキムラマコトのこともさあ」
「あ?偽のって、どういうこっちゃ」
「またまた。真島君、一緒におったんやろ。ほぐし快館で一緒におったって、うちのモンが言うとったわ」
「何の話や」
あの図体のでかい男のことだろうか。あの男が偽名としてマキムラマコトを騙っていたというのか。話が読めず困惑する。大体なんだってこいつらもマキムラマコトを追いかけているんだ。話をこじらせるのはやめてくれ。
すべて叫んでやりたかった。けれどこのグランドでそんな粗相はしたくない。首輪をつなげられている以上は決められた芸をするのが、今自分がこうして生きていられる理由なのだ。
「その話、俺も混ぜてくれ」
そこに、こつこつとゆったりとした足音とともに、低くともよく通る声が耳についた。振り返ればマキムラマコト――弟が薄く笑いながらこちらを見据えていた。
「おま」
弟は西谷を一瞥してから、近くのテーブルについて片手にしていたコンビニ袋を置いた。どうやら途中で買ってきたらしい。パック入りのたこ焼きをとりだし、悠長に割りばしを割る弟に西谷はきょとんと眼を丸くする。
「君、いったいなにもん?さっき人払いしたんやけどなあ」
「支配人の弟っつったら入れてくれた」
「え?!真島君の弟くん?!…似てないなあ」
じろじろと真島と弟を交互に見る西谷に、マコトは苦笑してみせる。
「まあ異父兄弟だしな」
「へえ~」
「なに呑気に話しとんねん!」
相手がヤクザだと気づいていないのか、弟は緊張する風でもなくむしろ気が抜けているようだった。
「あんたは?近江連合のヤクザ?幹部とか?」
「ワシは鬼仁会の西谷誉や。会長さんやでえ。そういう弟君の名前は?」
「マキムラマコト~」
「うそぉ~」
おかしなことに和やかな雰囲気になって来た。そしてまた疎外感を受けた真島はとりあえず弟からたこ焼きを没収した。
「あっ」
「うちは持ち込み禁止や」
「昨日から飯食ってねえのに!」
「よそでくえ!よそで!」
「くっそ……あとで返せよな」
こいついつもたこ焼きを食べているな。好物なのだろうか。とりあえず袋に詰めなおして縛っておく。
「あ、そーか。君が偽マキムラマコトちゃんやな。せやろ。な?」
「……」
「お前、さっきからなにいうとんのや」
偽物がどうこう、いまいち話がかみ合わない。
「西谷さんがいろいろ教えてくれるなら、俺もいろいろ話すけど、どうする?」
「えっ。そーなん?ワシが言えることでええならいくらでも話すわ。当然、マキムラマコトちゃんのことも教えてくれるんやろ?なあ?」
「まあ、兄さんにも説明しなくちゃなんねえからな。……煙草は吸っていいんだよな?」
懐から煙草をとりだした弟がちらりと見上げる。禁煙のキャバレーなんてあってたまるか。テーブルに置かれた灰皿を指させば、弟もわかったように頷いた。
「まず俺の名前は桐生一馬っていうんだが」
「おま!嘘ついてたんか!?」
「いきなり話を折るなよ」
呆れた口調で返された。ただでさえ限界を超えている頭は簡単に沸騰する。
「お前が嘘ついたからやろがい!」
「仕方ねえだろ。兄が誰か殺そうとしてんだもん。マコトさんを守るためにはそうするしかなかったんだよ」
ぐうの音も出ない。ごくごく一般的な常識を言われては押し黙るしかなかった。誰だって殺人はとめるだろう。それが当然だ。真島はそれが当然ではない世界にいた。だから弟の思惑など知る由も無かったのである。
「で、マキムラマコトの話をする前に、二人はカラの一坪って知ってるのか?」
「あ?なんやそれ」
「しらーん」
すっかりリラックスした西谷がのんびりと答える。一体こいつは何しにきたのか忘れるほどだ。たしか敵対組織だったはずなのにこの緊張感のなさには気が狂いそうになる。
「いま神室町で再開発の話が出ていてな。その再開発予定地のど真ん中にある所有者不明の土地のことだ。再開発には堂島組が関わっていて、すでに100億は使っているらしい」
「でもその一坪が手に入らんから再開発は進まんっちゅうこっちゃやな」
「そうだ。だから今たった一坪のそこは10億以上の価値があるといわれてる」
「じゅうおくぅ……?!」
一つしかない目玉が飛び出るかと思った。たった一坪にそんな値段がつくとは眉唾物である。だが、神室町という歓楽街の土地となれば値は吊り上がっていく一方だろう。
「その土地さえクリアしちまえば、再開発による莫大な金が手に入るからな。堂島組内の力関係も変わるはずだ。だからいま、堂島組は我先にってカラの一坪の所有者を探してんだってさ」
「ほんで。その話がどうしたんや」
ここ大阪とは関係のない話だ。東京の揉め事、しかも堂島組の騒動なんて知ったことではない。そう思った矢先、弟は話の核心にうつった。
「そのカラの一坪の所有者がマキムラマコトだったんだよ」
「んな……っ!」
「へえー!」
驚く自分とは違い、西谷は興味津々に目を輝かせている。
「ここで確認したいんだが、西谷さんってこのことは知ってたのか?」
「ううん。だって、ほぐし快館のマキムラマコトをつれてきてほしいって言われただけだし」
「誰に?」
「その堂島組の渋澤って男」
「なるほどね」
鬼仁会の狙いは殺害ではなく誘拐だったらしい。妙なズレだ。ますますマキムラマコトがわからなくなる。いや、それ以上にこの仕事の意味がわからない。一体何のための暗殺だったのだろう。
「……じゃあ、なんで俺には殺しの話が来たんや」
「それだよ。それが厄介なんだ。正直、誘拐なら色々納得できたんだ。なんで兄さんだけがマキムラマコトを殺そうとしていたのか、それがわからなかった」
「……」
マキムラマコトの価値は理解できた。しかし殺さなければ理由がまったくわからない。どうも弟の話を聞くと、自分が持っていた情報が間違っているようにしか聞こえなかった。
「だから、もし俺だったらで考えた。……俺がある人に暗殺依頼されて、その情報は売春を斡旋する男だったっていう。けれど、いざそいつを見つけたら盲目の若い女だった。ちょっと音がした程度で悲鳴をあげるような、暴力とは無縁の女。そこにすかさずヤクザの連中が、自分と同じく女を狙ってきたもんだ。――兄さん、あんたならどうする?殺せるか?」
「……っ」
息が詰まる。まさかマキムラマコトが女だったなんて知らなかった。いまですら動揺しているのだ。その場にいたらそれどころではない。まず状況を把握したいし、落ち着いて情報を整理したい。見るからに無害な人間を殺すなんて考えたことも無かった。今回も前回も相手に殺される理由があったから引き受けた。
マキムラマコトが女だと知っていればドスを持ち歩くこともしなかったはずだ。
「俺はできねえ。聞いていた話と全く違う相手だ。絶対に殺したくない。むしろ誰にも見つからないように隠すと思う」
「……」
それは、想像とはいえ自分と同じ考えだった。同じ血が流れているせいなのか、自分もそうするだろうという予感がある。いくら極道に復帰するためとはいえ、そうすれば佐川が口を聞くとしても、全身で拒否をする。できるわけがない。そんなことをしてしまえば、自分は外道以下の畜生になる。そんな確信があった。
「あんたの雇い主はそれを狙ったんじゃねえの?そうして信頼関係を結べば、マキムラマコトがあんたから離れることは無くなるだろうし。それでマキムラマコトからカラの一坪を貰えれば万々歳ってわけだ」
「おおー。なんや。任侠映画みたいやな」
ぱちぱちと西谷が拍手する。耳障りだ。
「う、うるさいっ。お前の憶測でつまらん話をするな!そんなんないって証明したる!マキムラマコトはどこや!」
「さっき俺が来た時点で、俺を殺さなかったのが証拠みてえなもんなんだがな」
「おどれっ!おちょくるのも大概にせェよ!」
桐生が言葉を重ねるたびに、事実をつきつけられているようだった。そうだ。自分は殺さなかった。マキムラマコトと名乗った弟を殺そうとしなかった。殺せなかった。殺せるはずがない。そんなことを、考えもしなかった。
それでも自分の役目を忘れてはならないと声を荒げる。腹が立つことに、この程度で怯むような人間はこの場にいなかったのだが。
「西谷さん。いまから俺がいうことを渋澤に伝えてくれねえか」
「ん?なになに?面白いこと?」
「カラの一坪の所有者は桐生一馬になったって」

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