余命百年 2

2 プリクラ

「伊達さん、大吾、冴島、琉道一家、春日、紗栄子、南波、足立さん、ソンヒ、ハン・ジュンギに趙、マスターだろ、それから」
「足りなくなったらまた買うてくるが、住所わかっとるんやろな」
予想はしていたが随分と多い。とりあえず十枚だけコンビニで調達してきた真島は、桐生が並べる名前に息をつく。
やろうと思えば百人どころか千人は候補者がいそうだ。神室町だけではなく、蒼天堀や沖縄、ハワイ、そのほかの地方でも多くの知人がいる。そしてそのすべてを恩人と呼べるほど、桐生は義理堅い。
適度に厳選をしなければキリがない。そこまでの体力はなさそうだが、この男は気力で完遂しそうだ。
それはそれで、そうするべきなのかもしれない。――年賀状を書き終えた達成感でぽっくりいかれても困るのだが。
「わからねえが、教えてくれねえほど薄情でもねえだろ」
「せやな。まあ、わからんときは春日にでも押し付ければ配ってくれるやろ」
春日の知人も多いのだ。彼に頼めば喜んで配達にいくだろう。
「筆ペンとボールペンも買ってきたけど、ほかになんかいるか?」
「いや、とりあえずこれで……ああ、そうだ。プリクラを撮りてえんだよな」
「ぷりくら」
病人に似つかわしくない言葉に目を丸くするも、真島はすぐに思い当って頷いた。
「そーいや、お前は毎回プリクラ貼って来たよな」
「隙間を埋めるのに便利なんだよ」
「だんだんスタンプの使い方が上手くなってるのがにくたらしかったわ」
「なんでだよ」
けらけらと笑い合いながら、歴代の年賀状を思い出す。
時間切れで中途半端に書かれた「あけまし」の言葉、スタンプで顔が隠れてしまったもの、やたらと目が大きかったもの等々、失敗なのだか成功なのだかよくわからないものばかりだった。
そのたびに笑えたのだから、真島も桐生の年賀状は楽しみだったのである。もはや桐生の年賀状と言えばプリクラというほど恒例化していた。
「外出って医者の許可が必要なんやったっけ?」
「そうだな」
「じゃあ主治医に言うとくわ」
治療中では外出許可も厳しいだろうが、末期がんの場合は残りの時間を楽しむことも推奨されている。
風邪や冷えに気を付ければ外出も難しくないはずだ。ちょうど治療のクールタイム中なので、今が良いタイミングだった。
「あと」
「ん?」
やや疲れた様子の桐生が、真島を見上げながらぼやく。
「男同士でも撮れるところ探しておいてくれよ」
抗がん剤の疲れと心配した自分が馬鹿だった。そう鼻で笑いながら、真島は建築会社を興した時代を思い出していた。

お互いにカタギとなると桐生もあまり遠慮はしなかった。いきなり蒼天堀までカラオケに呼び出すと思えば、真島の喧嘩に混ざってもくれる。
なかなかいい関係性だと思っていた。ずっとこのままでもよかったのだが、ヤクザに復帰してほしいと頼まれては断るわけにもいかない。桐生からの頼みごとならなんでも引き受ける。どんな無茶なものでもそうすると決めていた。
他人に頼るということを知らない人間が、自分を信頼した。それだけで充分だろう。
「じゃあ、ちょっとだけ預かっててくれ。遥、いいな?」
「うん」
近江連合とのいざこざに巻き込まれていたころ、愛娘のようにかわいがる遥を真島建設に預かったりもした。
彼女自身、自立心が高く大人しい子供なので困ることも無いだろう。なにせ強面の桐生とともに過ごしているのだ。同じく不愛想な連中しかいない真島建設の人間でも怯んだりはしないはずである。
「お世話になります」
「ろくに相手できへんけどなあ。子供が障ったら危ないもんも沢山あるから、そこだけは気ぃつけてな」
「はあい」
かつて彼女をさらったこともあるというのに、怯えず警戒せず、よく笑う。さすが桐生が育てただけあるな、と真島はにやりと口角をあげた。
「午後から雨がふるらしいわ。したら俺らの仕事なくなるし、そん時はどっか遊びに行こうや」
「いいの?」
「ええのええの。どーせ桐生ちゃんも時間あいたら適当にあそんどるはずや。たまには俺らも息抜きせんと」
「ふふ。そうだね」
けらけらと笑う少女に真島も思わず頬を緩めた。――桐生が溺愛するだけある。愛嬌のある子だ。
午後は予報通り雨が降った。本来ならば事務作業をするべきである。ただプレハブ小屋は冷えるし暖房代も馬鹿にならない。面倒になった真島は午後は休業を言い渡し、遥と遊ぶことにした。
桐生がプレハブ小屋に姿を見せたのは深夜だった。てっきり翌日戻ってくると考えていたので、真島は口元に人差し指を立てる。静かにしろと言うジェスチャーに桐生は目を丸くし、小首をかしげた。
「なんだよ」
「嬢ちゃんが寝とるんや」
「ああ」
応接用のソファで眠る遥を見つけ、桐生も声をひそめた。それから、ソファのまわりに散らばるぬいぐるみや色鉛筆を一瞥する。
「随分と遊んでくれたみたいだな」
「ちょっとゲーセン行ったくらいや。玩具とったらあとはこっちで遊ぶってな。もっと豪遊すればええのに、遠慮がちな子やな」
百億事件のさい、刺激を覚えすぎたのかもしれない。神室町程度のお遊びでは彼女の好奇心は満足しなかったのか、はたまた興味がないのか。欲のない子だと感心する。
「助かったよ。ありがとう」
「桐生ちゃんは?遊んできたん?」
「遊びに行ったわけじゃねえって」
呆れるように笑いながら桐生は眉尻をおとす。それとは真逆に真島は口を尖らせた。
「なんや。折角なんだから羽目を外してくればよかったやんけ」
「あのなあ。そういう状況じゃねえんだよ」
「あほらし。こういう時だから遊んで余裕を持たんと。しんどいことばかりじゃ頭いかれるわ」
ただでさえ過酷な状況なのだ。命のやり取りなんて神経が擦り切れる。どこかで息抜きをしなければ、自分を追い詰めるなり些細なミスをするなり、とにかくつまらないことになる。
すると桐生は以外にも、そうかもしれないと腕を組んだ。ジングォン派の動向も大事だが、まずは自分の面倒をこなさなければ意味がない。人間は常に緊張状態でいられるわけではないのだ。
「いまなら余裕あるんやろ。まだ眠くないなら遊んでくれば?」
「遥とはゲーセンで遊んだだけか?」
「そうそう。UFOキャッチャーにガチャやって、あとプリクラも撮ったわ。最近のは面白いなあ。肌が真っ白になるし髭も消えたわ」
「えっ。今のってそんなことになんの?」
食いついてきた桐生に遥とともに撮ったプリクラを見せる。遥によって眼帯にリボンのスタンプが押されたプリクラだ。髭もきれいさっぱり消えて、若かりし頃の真島を彷彿させる。
「肌補正なんたらって書いてあってな。ほれ、女の子にも産毛くらいは生えてくるやろ。そういうのも消し飛ばすようになっとるらしい」
「へえ」
「桐生ちゃんがやっても髭が消えるんちゃう?」
「それってどこにあるんだ」
「劇場前広場んとこ。これから撮りにいくん?」
「ちょっと試してみてえな」
こう見えてミーハーなところがある。十年も刑務所にいて浦島太郎状態だったからだろうか。
元々好奇心は多いほうだろうが、女性用の機械にここまで興味を示すとは思わなかった。
「俺も桐生ちゃんとプリクラ撮ってみたいわ」
「あんたは前に勝手に入って来ただろ」
「せやからちゃんとした奴が欲しいやんけ。お目目キラキラなプリクラとかめっちゃ面白いやん」
「まあな」
悪い気もしないらしい。とすれば善は急げだ。見張りの舎弟たちに遥を任せ、二人はいそいそとゲームセンターに足を向ける。
いくら神室町とはいえゲームセンターは二十四時間営業ではない。早くしないと閉まってしまうのだ。道中でいちゃもんをつけてくるチンピラたちを蹴り飛ばしていく。
ようやくたどり着いたときには閉店三十分前だった。

「男だけじゃプリクラは撮れない?!」
真島の声が響く。ゲーム機体の音が煩いというのに真島の声はよく響いた。近くにいた桐生と店員はあまりにも大きな声に目を瞬かせ耳を塞ぐ。そのまま真島がマシンガンのように騒ぎ立てたからだ。
閉店間際でもゲームセンターにはちらほらと客がいた。一斉に真島たちに視線があつまるも、すぐに興味を無くしてゲームに集中する。
なので真島は構わず怒りをあらわにした。プリクラコーナーに足を向けた瞬間、店員に注意されたからだ。
「なんでやねん!男だけで撮れんなんておかしいやろ!こないなところ男同士でも遊びに来るのはわかっとるやろ!?」
「す、すみません。ただ痴漢が多くって……」
「……ちかん?」
思いもしない言葉に真島の癇癪が冷やされる。桐生もまさかここでそんな言葉を聞くとはと小首をかしげた。
「なんでゲーセンで痴漢が?」
「痴漢というかナンパというか、女性のお客様が遊んでいるときに乱入する事件が増えてましてですね……」
神室町で働いている以上、強面の人間相手にも慣れているはずの店員も、桐生と真島という威圧感しかない客には尻込みするようだ。
「お客様を疑っているわけではないのですが、一つ例外を許すと、さっきの客はよかったのになぜ自分たちは駄目なのだと騒ぐお客様もいらして……」
「……それはそうやな」
筋は通っている。迷惑行為をする男性客が多いというのならば一律として禁止にするしかない。
連帯責任を負わされて腹は立つものの、それはゲームセンターのせいではないのだ。痴漢行為を行う馬鹿が悪い。怒りを鎮める真島に安堵して、桐生は店員にたずねた。
「つまり女がいれば、俺たちも撮れるってことなんだよな」
「はい、それはもちろん。カップルのお客様は多いですから」
「ふーむ」
流石に遥をたたき起こすわけにはいなない。ナンパで女性を捕まえることはできるが、それは本意ではない。
日を改めるしかないのかと思ったが、明日も明日で予定がある。どうしたものかと桐生は腕を組み、はたと妙案を思いつく。
「兄さん、ちょっと」
「あん?」
真島の袖をつかみ、ゲームセンターの隅に向かう。声を潜めようにも周りの音が煩い。自然と真島との距離が近くなったが、彼は気にせず耳を傾けていた。
「女装してきてくれ」
「あ?」
「前にやってただろ。キャバ嬢の恰好なら文句つけようがないはずだ」
かつての、そう、ゴロ美を思い出したのだ。あれもあれでどこからどうみても男なのだが、真島の圧のある言動に誰も突っ込めなかったのを思い出す。
「……。……なんのことや?」
「は?」
「キャバ嬢の恰好とか、俺がやるわけないやん?」
「ちょ、ちょっとまってくれ」
どろりと嫌な汗が流れる。真島の目が座っていた。これは何か企んでいるときの顔である。長い付き合いだ。それくらいの見分けはできているものの、うまくかわす方法はいまだ見つけられていない。
「やってただろ!?」
「知らん。ようわからん。俺がするはずない。意味わからん。寝ぼけとるんちゃうか」
「ゴロ美って名乗ってたじゃねえか!」
「知らんわ。珍しい源氏名やけど、それが俺っちゅう根拠はゼロやろ」
徹底的に自分とゴロ美は別人という設定を貫いている。そういえばゴロ美に接客されたときも「兄さん」と呼ぶと睨まれていた。この設定は今も継続中らしい。
「あんたと同じ刺青入ってたんだよ!」
「女なら蛇とか般若はいっとってもおかしくないて。それよりもお前、女の子の身体じろじろ見とったん?下品やからやめたほうがええよ」
「だからそうじゃなくってだな……!」
駄目だ。真島と話すと論点がズレる。このままではこの論争だけで時間が消える。今日撮らなければ次はいつプリクラを撮れるのかわからないのだ。ゴネないで早く納得してほしい。
「頼むから女装してくれって」
「桐生ちゃんの女役やれって?はあ?なんで俺だけが女装せなあかんねん。おかしいやろ。俺だけに女装させるっちゅうのはスジが通らん。せやろ?」
「はあ?なにが言いたいんだよ」
早くしないと店が閉まる。見張りがいるとはいえ遥のそばにいてやりたい。こんなことで時間をかけたくないのに真島はのんびりとした口調で笑った。

明朝、遥は床に段ボールを敷いて眠る桐生を見つけた。プレハブ小屋にはソファ以外に横になれる場所はなく、仕方なくそこで寝たのだと察しがつく。自分のブランケットを桐生にかけてやり、昨日の戦利品であるぬいぐるみを撫でた。
遥一人では取れなかったため、真島が奮闘して得たハリネズミのぬいぐるみだ。よしよしと頭を撫でて、ソファから降りる。
部屋の時計を見上げれば朝の六時だった。桐生は起こしたほうがいいのだろうか。小屋には自分と桐生しかいないが、真島建設の人間はどこにいるのだろう。勝手に外に出るわけにもいかない。
ううんと頭をひねると、テーブルに華やかな紙が置いてあるのに気付いた。半分に切られたプリクラだ。自分のものではない。誰のだろうとのぞき込む。
「わあ」
そこには長い黒髪の女と、金髪の派手な女の二人がピースをしていた。スタンプやフレーム機能を使って煌びやかに彩られている。
遥にはすぐにわかった。それが女ではなく桐生と真島であることを。プリクラの補正機能のおかげで女っぽく見えるが、桐生のたれ目なところや真島の眼帯は残ったままだ。
目が大きく誇張され、顎も尖り気味、髭もない。ほぼ別人だ。二人が女装しているのもあって、よく見なければ男だと気づかないかもしれない。
嫌そうに顔をしかめていた桐生の表情も、徐々に和らいでいくのが面白かった。きっと撮るたびにノリがよくなっていったのだ。
プリクラは一枚だけではなく何枚か撮ったらしい。機種によって機能やスタンプも違う上、つけまつげなどのオマケもつく。美肌になっていたり、まつ毛が増えていたりと多種多様だ。
「う……」
「あ。おじさん。おはよう」
寝心地が悪かったのか桐生は呻きながら身体を起こした。まだ寝ぼけているのかあまり目が開いていない。
「おじさん。プリクラちょうだい」
「は……?ぷりくら……、……」
桐生は頭が覚醒しきっていない状態で遥をじっと見つめる。なぜ自分がプレハブ小屋で寝ていたのかをゆっくり思い出しているようだった。
それから遥の手中にあるプリクラを見つけ、昨晩のことを思い出しらしい。一気に顔色を悪くする。
「は、はるか。それ、見たのか」
「うん。おじさん、美人だね。真島のおじさんもキレイだし」
「そ、そうか……」
中年男の女装姿なんて見せたくなかった。保護者として矜持が音を立てて崩れていく。しかしそんな桐生の見栄など知ったことではない遥は、どのプリクラを貰おうか吟味する。一枚ずつ欲しいがそれは欲張りかと悩ましい。
「……そんなのが欲しいのか?」
訝しげにたずねる。女装した保護者のプリクラなんて使い道がないだろう。遠回しにやめてほしいと伝えるも遥はハツラツとした笑顔を見せた。
「うん!私のと交換してあげる!」
「……そうか。ありがとう」
真島の暴論に桐生は勝てなかった。二人で女装すればいいという結論に何度も抵抗したものの、「俺だけが女装するってなら喧嘩で黙らせるしかないで」と脅されたのだ。閉店時間が迫っているなか真島と喧嘩でもすれば間に合わないに決まっている。完全なる脅しだったのだ。
自分の女装など、どうせ出来栄えは目に見えているというのに真島という男は面白いというだけで強制させたのである。しかし桐生もまた自分の我儘で真島に女装させようとしたのだ。文句は言えないし筋も通らない。
桐生の覚悟が決まらないうちに真島は動いた。すぐに近くのブティックで衣装を調達してきたのである。
神室町にはキャバ嬢向けのブティックが多く、もちろん男性用のドレスも手に入りやすい。ウィッグ、化粧道具も時間はかからなかった。
しかしお互い髭面の上、たくましい体躯だ。
どう見ても女装した男なのだからきっと店員に止められる。ゴロ美ならば止められないという持論が矛盾するが、そう思ったのだ。
こんな格好でプリクラなんてとっても楽しくないし、いっそ止められたほうが諦めがつく。――予想に反して店員から止められることはなかった。
むしろ同じようにオカマたちがプリクラで遊んでいるのを見かけるくらいだ。「神室町じゃ、ドレス来た奴はみんな女の子やからな」と真島が言っていた。
いつからそんな暴論がまかり通るようになったのか、桐生は頭が痛かったが、プリクラを撮るころには忘れていった。
真島が言った通り、肌補正がかかり、目が巨大化したのには驚いた。落書き時間が短いことには苛ついたが、回数を重ねるごとにこなれて行って、作業を分担してスタンプを押すまで成長した。
これで普段着ならばなおよかったが、贅沢も言えない。一通り遊べれば満足なのだ。
疲労がたまり、深夜ということでテンションがおかしかったのもある。一晩寝て、改めてみると酷い出来だ。まともな精神状態ではなかったのだ。
「今度真島のおじさんと三人で撮ろうよ」
「……そうだな。そうしよう」
遥と一緒ならば女装せずに済むのだ。今の面倒事がひと段落したらまた真島と遊ぶのもいい。
そう思うと昨晩羽目を外してよかったのかもしれない。憂鬱な気分も少しは晴れた。真島の言い分も間違えではなかったのだ。……あの暴論さえ除けば。
「またこの格好してね」
「……それは、ちょっとイヤかな」
「え~」
ぷくりと頬を膨らませる遥から視線をずらす。遥は真島と違う断りにくさがある。負ければ女装だ。
一度撮ってしまえば吹っ切れるというもので、昨晩は真島とどちらがよりキレイに撮れるのかと競ったのだ。最終的に「俺のほうが美人だな」とまで言った記憶がある。自分の競争心が侮れない。二の舞をさらしてなるものか。
「とりあえず、いまの揉め事にケリがついてからにしよう」
「そうだね。おじさん、ちゃんと帰って来てね」
「……ああ、もちろん」
生きて帰ってこなければならない。死んでもいいと一度も考えるのは遥への裏切りだ。
何もかも終わった後に三人でプリクラを撮る。そんな平和のために頑張るのも悪くないと思うのだった。

← 1 / 3 →

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!