鉄の味がする。ポケットティッシュを取り出しながら、血液混じりの唾を吐き捨てる。鼻血はもう止まっているらしい。固まりつつある血液を拭い、桐生はやれやれとため息をついた。近くに自動販売機があったはずだ。水で口をゆすごうと足を向ければ、力強く足首を掴まれた。
桐生の足元で転がる真島が掴んだのである。
「兄さん」
人気のない路地裏の一角、見事叩きのめした真島は倒れたまま動けないはずだった。そこらのチンピラならば失神してもおかしくない。今日はやけに喧嘩しろと騒ぎ喚き斬りかかってきた。毎度のごとく断ったのだが、得物を振り回してくれたおかげで桐生の服が切れてしまい、喧嘩の理由ができてしまったのである。
「まってやあ」
「兄さんの分の水も買ってくるから離してくれ」
「んん~」
「おい……」
離す気が一切見られない。むしろ力が強くなっている。常にドスを振り回しているから握力が強いのだろうか。ぎりぎりと締め付けるような痛みに、桐生は舌を打つ。
「なんだよ」
「えっちしよ!」
そう言って真島は勢いよく起き上がった。思わず仰け反るも、強く抱きしめられながら壁側に押されてしまう。
「えっちしよ?な、な?」
「なんでいきなり盛ってんだよッ!」
腰を揺らすな、ケツを揉むな。今更こんなことで照れるほど初心ではないが、すぐにイエスと答えられるほどアバズレでもない。
「えっちしたいんやもん~~!」
「ケツから手を離せ!」
「桐生ちゃんのお尻って柔らかくて好き」
「感想を言えと言ってねえんだよ……!」
全く嬉しくない褒め言葉に歯ぎしりし、桐生はこの状況からの切り抜け方を模索した。
喧嘩したばかりだ。セックスする気になれない。まだ明るいし、腹も減ったし煙草も吸いたいし、水も飲みたい。セックスよりも優先したいことが沢山ある。
なんでこの人はこんなにも元気なのだと呆れながら、真島の手を掴んだ。
「しない」
「しよ」
ぺろぺろと首筋を舐めてくる。躾のなってない犬だ。叱っても言うことを聞かない犬はどう躾ければいいのだと頭が痛くなってくる。
「いッ」
内心悪態をついていれば、狂犬が噛みついてきた。しっかりと力強く首筋に噛みつかれ、ごりごりと血管を狙うかのような動きに全身が強張る。
「おい、いってえな!」
「えっちしよーやー」
「どういう誘い方だっ」
まだ喧嘩を売られていた方がましだ。到底セックスの誘いとは思えない暴力に、桐生は真島の耳を引っ張った。
「あだ」
「今日のあんたはいつもにも増して好き放題だな」
「桐生ちゃん好みやな!」
「……はあ」
ああ言えばこう言う。気が狂いそうになる。どうやれば話が通じるのか長年の疑問だ。この誘い方も喧嘩するためにわざとやっているようにも思う。どう転んでも真島が喜ぶ展開になりそうだ。
「桐生ちゃんとの喧嘩で興奮しちゃったんやもの」
「俺のせいかよ」
真島から仕掛けてきた喧嘩だ。こちらのせいにされる筋合いはない。押しのけようとするも、真島は片足を立て、桐生の股間を挑発する。わかりやすく狙ってくる刺激に舌を打った。
「おい……」
文句を言う前に口を塞がれた。呼吸をも支配するキスに、ぞくぞくと背筋が震える。伸びてくる舌に、頭の中で警報が鳴り響いた。飲まれてはいけないし、流されてもいけない。ただ、それ以上の誘惑が、桐生の全身を浸透するように襲い掛かってくる。
口内にできた傷口をわざと舐めてくる真島に、桐生は痛みとともに我に返った。
「やめろって」
「え~~?こない断る理由ってあんの?」
桐生の肩に頭を乗せて甘えてくる。情けなく眉尻をさげて口を尖らせるのは、自分にしか見せない我儘なものだった。
「気分じゃない」
「俺は気分なの」
「俺の都合は無視か」
「それは俺にも言えることやな」
「……」
そうか?そうなのか?
セックスしたい都合としたくない都合は同等なのだろうか。真島の真剣な目を見るとそういうものだと思えてしまう。
あおかん書こうとしたけどあきちゃった

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