義兄弟パロ-1

「桐生さんはあまりお金に興味がないのですか」
「あ?」
「はい、だろ」
尾田に小突かれて舌を打つ。嫌いなデスクワークをこなしていたなか、突拍子もないことを言われたのだ。変な返事になるくらい許せよなと睨むも、もう一度殴りかかってきたのでかわしてやった。ふふん。ドヤ顔を決めると苦々しく舌を打たれた。そう何度も殴られてたまるかと鼻を鳴らす。
「あんまり金の使い方がわかってねえんだよ。時計とか車とか、そんなに興味ねえし。飯食って寝れる場所があればそれでいい」
「それはまた欲がない。神室町で働いているのによくそんな無欲でいられますね」
ないものはない街、神室町。ありとあらゆるものが手に入り、手に入らなくても手に入れる場所。どんな無欲な人間でも誘惑に酔うというのに桐生はたいして金を使わず貯めこんでいた。
「欲ねえ。そういう社長はどうなんだ?」
「私ですか?私はありますよ。車とか、もっと地位を向上させたいとか」
「へえー。仏さんみたいな顔しといて物欲あったんだな」
立華に張り付いた笑顔は仏像のようだった。なんというのだっけ。なんかカタカナでそれを表す言葉があったような気がするのに忘れてしまった。立華は一瞬目丸くしたのち、ふたたび仏の顔を張り付ける。
――稼いでいる人間は神室町で発散する。クラブ、バー、レストラン。どれもこれも頭に一級と名の付く場所で、我こそが王とばかりに金を使う。立華だってかなり稼いでいるくせに、そういった店には足をむけない。いつもホテルやケータリングで満足している。物欲はあるが成金とはまた違う印象をもつ。
「ありますよ。とくに東城会に、この土地を好きにはさせたくないですし」
「それって欲なのか」
「ええ。立派な欲です。桐生さんもご存じでしょう。『カラの一坪』を」
「ああ。あそこか」
いま不動産業界で話題の土地だ。再開発予定地の真ん中に存在する一坪の所有者不明の土地。不動産はもちろんのこと、再開発の利権をもった東城会が血眼になって所有者を探しているという。立華も欲しいのか。結構な俗物だったのだなと認識をあらためる。
「ふふ。興味がなさそうで」
「死んだ社長が言ってたぜ。多分、東城会は所有者が見つからなくても再開発を進めるだろうって」
「……ええ?」
あくまでも予想だ。と死ぬ数日前に社長は話していた。所有者を探しているのはあくまでも建前であって、見つからなくても計画はすすむ。今探しているのは後々の裁判で不利だからだ。ただ、東城会ならば後から所有者が現れても殺すだろう。彼らにはそれだけの力があり、躊躇しない。それを体現するように、社長は死んでしまった。
桐生の話に立華は顔色を悪くした。狙っていた土地だからだろうか。
「おい。大丈夫か」
「え、ええ。そうか、そうですね。きっと彼らは、そうするでしょうね…。ならなおのこと、開発が始まる前に見つけなければ…」
所有者が立華になればその後の所有者を指名できる。東城会に渡さない算段もすでに考えているのだろう。興味ないとはいえ、社長の方針とあれば桐生も所有者捜索をいとわないつもりだ。
「土地が欲しいって発想は、俺にはねえな」
「本当に欲しいものはないんですか?」
「そうだな…ほしいとは違うだろうが」
「はい」
頭の隅で気がかりなことはある。
「生き別れの兄弟がいるらしい。兄がいるそうなんだ。俺が生まれる前にいなくなっちまってな。俺にはもう身寄りがねえし、生きているかどうかだけわかれば、おふくろに報告できるんだが」
「…お兄さんがいたのですか」
「ああ。行方不明で、どこにいるかもわからねえ。名前だけはわかってるんだが」
「…そうでしたか」
立華は何か悩むように眉間にしわを寄せた。
数日後、桐生は人探しを頼まれた。立華にも生き別れの妹がいるという。さらに彼女を探すために神室町に来たと話した。
「もともとは大阪にいたのですが、偶然テレビで知って、こちらに拠点を移したんですよ」
「妹さんはこっちに住んでたのか」
「ええ。でも全く行方知らずで」
隙のない立華のことだ。とっくに情報屋を使って妹の捜索くらいしているだろう。それでも見つからないというのは妙な話である。裏の人間だってそう簡単に姿を消しきることはできない。監禁くらいしなければ行方不明になるのは難しい。『妹』が相当の悪党か事件に巻き込まれてなければ、別の可能性も考えられる。
「妹もあんたを探してるんじゃねえのか」
「え?」
ぱちりと眼をしばたかせる。
「生き別れなんだろ。ここならいくらでも情報が手に入るだろうし、どっかであんたが大阪にいるって聞いたかもしれねえじゃねえか」
桐生の言葉は予想外だったのか立華は目に見えてうろたえていた。そんなことはあり得ないと思いながらも、あり得るかもしれない不安が押し寄せてくる。顔色が悪い立華に桐生はふむと考えた。
「俺が大阪に行って調べてこようか」
「…え、桐生さんが、ですか」
意外な提案である。立華と桐生は利害が一致しているだけだ。人探しも仕事の合間でいいと最初に話してある。わざわざ大阪に行く義理は桐生にはないだろう。そしてそこまでのお人よしでもないはずだった。
桐生も立華の内心を察して苦笑した。たしかにガラではない。同情と言えばその通りだ。ただここまで聞いて何もしないのも見捨てるようで心苦しい。
「俺は兄にあったことねえから、見つかればいいくらいにしか思ってねえけどよ。あんたは兄で妹のこともよく知ってんだろ。テレビで見たくらいでわかるくらいだし。それなら会ったほうがいいに決まってる。家族はいたほうがいいだろ」
天涯孤独の身である桐生にとって肉親はかけがえのない存在だ。きっと自分にはもう縁がないだろうが、立華はちがう。彼の妹はまだ生きているし、見つけることができるはずだ。
「まあ、まったく手がかりが見つからないかもしれねえけどな。あんま期待はしないでくれ。妹さんの写真とかはねえか。ああ、あんたの写真も必要だな。いきなり押し寄せてあんたの使いつってもわかんねえだろうし」
「そ、そうですね。待っててください。これから写真を撮ってきますから」
「いや、ポロライドでもいいだろ」
「いいえ!そういうわけにはいきません!」
それから桐生は休日を使って大阪に通うようになった。神室町にまけない人混みとヤクザの姿、騒がしくきらびやかな世界。
「――人探しねえ」
安請け合いちしまったな、と自分の計画性のなさに苦笑した。

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