義兄弟パロ-3

次の休みも蒼天堀に行った。知り合いの不動産のさらに知り合いを紹介してもらいながら二人をさがす。とはいえ、一人はほぼ確定だ。聞き込みをした結果支配人の名前がわかったのだ。――『真島吾朗』、かつて彼から名刺をもらった客に見せてもらった。年齢的にも名前も、あの顔立ちからして間違いないだろう。ようやく見つけた。まさかこっちにいたとは思わなかった。以前調べた時、母の前夫は東京で死んでいた。てっきり兄も東京にいると思っていたのだ。瓢箪から駒とはこのことを言うのだろうと考えながら、夜にまたグランドに行くことを決める。日中は「マキムラマコト」を探したい。
「まー、不動産を介さず、空き部屋を下宿用に貸し出していたりする大家もおるから、大変やでえ」
「ああ。あとでアシつかって調べる」
すべての賃貸を不動産があつかっているわけではない。廃れかけているとはいえ下宿文化は健在だ。近所のよしみ、親戚のよしみで部屋を借りるものも珍しくない。そういった情報は不動産で扱っていない。実際に街中を歩いて表札を確認しなければならなかった。兄のときも東京でも行った。

これと言った進展も無く、たこ焼きでも買おうかとぶらついているとガラの悪そうな男たちが女性に絡んでいた。ヤクザはなさそうだ。チンピラだろう。どうやら女性が彼らにぶつかったらしい。どうせ道をふさぐような形で歩いていたのを、女性がよけきれなかったと予想がつく。
「お。姉ちゃん。いい顔してんじゃん」
「や、やめてください」
「おい。やめろよ」
こういうヤカラはどこにでもいるのだなと止めに入る。厄介ごとはごめんだが、目の前に困っている人を見捨てられるほど薄情でもない。ナンパを邪魔されて苛だったヤカラの拳を避けながら、そういえばカニ食べてないなと思い返した。名物と言わんばかりの大きなカニの看板を視界に入れながら男たちを一掃する。
「おい、大丈夫か」
喧嘩っ早いくせに大したことなかった。大して苦戦することなくヤカラを叩きのめした桐生は、隅で身をすくめていた女性に声をかける。
「え、え?えっと、あなたは?」
女性からすれば何が起きたのかさっぱりわからない状態らしく、困惑の声をこぼした。
「さっさと逃げちまえばよかったのに」
近寄って気づいた。杖を持っている。白杖だ。つまり、視力がない。下手に動けば危ないと察して、その場にとどまるしかなかったのだろう。割り込んでよかったと安堵し、状況を説明する。
「目が見えなかったのか。絡んできたやつは追っ払ったぜ」
女性は赤みがかった白衣を着ていた。看護師だろうか。いいや、視力障碍の看護師とは聞いたことがない。このまま帰すとまた絡まれそうにも見え、送ったほうがいいのかと悩ましい。
「そ、そうなんですか。えっと、警察の方ですか」
「いや、ただの通りすがりの…」
白衣には名札がついていた。「マキムラ」と書かれてある。
「…マキムラ?」
「え?あ、はい」
「下の名前は?」
「え?」

「なにしとる?」

まさかこんな偶然が?そういえば写真の女の子と似ていないか?しかし名前が一致しなければ他人の空似ともありえる。少々焦りながらも聞いてみると、背後から声をかけられた。威圧的な男の声だった。
「あ、店長?」
「うちの従業員に何の用や?ああ?」
振り返ると強面の大男が桐生をにらみつけた。自分の睨みが相手に恐怖を持たせると理解しているものだった。――従業員と店長。ということはヤクザではないのだろうが、ヒト一人殺していてもおかしくないくらいの殺意を桐生に向けている。ただのカタギではなさそうだ。
店長と呼ばれた男は桐生を押しのけてマキムラのもとにより、なにか耳打ちした。マキムラは少し困ったようにしていたが、踵を返してどこかへ歩き出してしまう。追いかけようにも店長が邪魔をしてくれるので、マキムラが角を曲がったところであきらめた。ため息が漏れる。
「で、何の用や。ナニモンや、お前」
そこらのヤカラと違って暴力で追い払うようなことはしない。対話の余地はあるようだ。しかし鋭く睨んでくるあたり、答えによってはただではすまないだろう。
「…人を探している。マキムラマコトって子だ。そいつの兄に頼まれてな」
ふところに入れていた写真は若干しわが寄っているが、立華の顔をはっきりうつしていた。同時に立華から預かっていたマキムラマコトの写真もとりだす。男は訝しげにそれをにらみつけ、ううんと唸った。写真と桐生を交互に見つめ、信頼に値するか判断している。
桐生はさらに胸ポケットに入れていた金属ケースから名刺を取り出した。
「俺は立華不動産の桐生ってもんだ。社長が生き別れの妹を探してるんだよ」
「…本当か?」
「だから社長の写真も持ってきたってのに、まさか目が見えねえとはな。知らなかったぜ」
本人に写真を確認してもらうのが一番確実だったというのに、当の本人が盲目とは思わなかった。そんなことは聞いていない。写真を用意したというのに、こんな重要なことを言わなかったとは思えない。後天性だろうか。なにかいろいろ事情がありそうだ。
「で、彼女の名前はマキムラマコトでいいんだな?」
「あ、ああ…。ただ訳ありでな。お前の素性を丸々信じるわけにはできん」
「……みたいだな。社長がこっちにこれればいいんだが、忙しい人なんだ。どうすれば信用してくれる?」
桐生の言葉に少しは信頼できると考えたのか、店長から険しさが落ち着いた。
「…社長の名前は立華なのか?」
「ああ」
「偽名か」
「たぶん」
神室町では偽名なんて珍しくもない。なんなら偽名をつくる職があるくらいに、本名を語らない人間が多い。立華が偽名を使っていても特に何とも思わなかった。妹と違う苗字なのは離婚して立華が父方の苗字を名乗るようになったからと考えたが、もちろん名前を変えなければならない可能性も考えた。
立華の立ち回りといい尾田の腕っぷしの良さといい、彼らもまたきな臭いことをしていたのだろう。おそらく不動産をはじめるときに心機一転したと考えている。
「じゃあ本名を聞いてこい。それならマコトも信用するやろ」
「わかった。アンタ、普段はどこで働いてんだ」
「……」
店長は少し考えた後、胸ポケットにさしたボールペンをとり、桐生の名刺の裏に何か書き始めた。
「ここに連絡しろ」
「…わかった」
さすがに教えてくれないかと思いながら受け取る。蒼天堀の市外局番から始まる番号を確認し、ようやく手掛かりがつかめたことに肩に入れていた力が緩む。
店長と別れると腹がなった。そういえば何か食べようと思ってぶらついていたのだ。せっかくだしカニにしようか。いややっぱりたこ焼きもいいかもしれない。とりあえず一服しようと懐の煙草に手を伸ばすと、なにかがぶつかってきた。
「お。すまん。よそ見しとった」
「いや」
本当に不注意だったのだろう。声には謝意がこめられていた。こちらもぼけっとしていた。そう反省しながら相手を見上げて息をのむ。青白い肌に吊り上がった眉、後ろのまとめられた光沢ある髪、母親そっくりの顔。
真島だった。
「――にいさん」
「……あ?」
思っていたよりもガラの悪い声に体が固まる。その眼光は鋭く淀んだものだった。その色合いに見覚えがある。
襟首を無遠慮につかまれ、荒々しく引き寄せられた。
「なんや、お前。どこのもんや。東城会か」
「――はあ?」
困惑しているのは桐生だけではなく真島もそうだった。何かを確認するかのように睨みつけている。今日はやけににらまれるなと頭の端でぼやき、状況をかみくだく。
「嶋野のオヤジの使いか?」
「…あんた、ヤクザやってんのか」
「ああ?」
つかまれていた手を振り払い、乱れた格好を整える。混乱する。だが、なんとなく真島の正体がわかってきた。もう少しちゃんと調べておけばよかったなと内心舌を打ちながら情報を整理する。
東城会、嶋野、おそらく直参の嶋野組のことだろう。たしか武闘派だったはずだから、喧嘩っ早いのも許せる。だがなぜ東城会のヤクザがここにいるのだ。ここは近江連合のシマのはず。傘下の孫やひ孫団体が地方に散らばっているのは知っているが、こんな近江連合の本部が目と鼻の先にある蒼天堀にまで手を出すバカはいなかったはずだ。
「誰や、お前。ヤクザちゃうんか」
「……」
ため息が漏れた。まさか兄が極道だったなんて。まあ子供を誘拐するような男に育てられたし、あまりいい生活はできなかったのだろう。
「あんたの弟だよ。父親違いのな」
「――は?」
予想外の言葉のはずだ。自分だって母が明かさなければ一人っ子だと思い続けていた。目を丸くしてきょとんと口をあける真島に桐生は丁寧に説明する。
「あんたの父親は真島××、その妻は〇〇、俺の母親だ。何があったか知らねえが、あんたが小さいころ、あんたの父親がある日突然あんたと一緒に失踪した。おふくろは行方を追ったがつかめなかった。まあ金も身寄りもなかった。興信所を使おうにもそう簡単にできることじゃねえ。その後、俺が生まれたってわけだ」
「…はあ?」
「戸籍調べればわかるぞ。持ってきてやろうか」
「…は、」
真島は突然の弟の出現に困惑を隠せなかった。まさかそんなことが自分の身に起きるなんて思いもしなかっただろう。ぼけっと桐生を見つめた後、我に返ったように声を上げる。
「し、知るかいっ。弟なんかおらん!俺の兄弟は、兄弟だけや!」
「兄弟?……俺にはほかにも兄弟がいるのか?」
母の前夫が再婚していた形跡はなかった。だが内縁の妻なり、桐生のような行きずりの子供ができてもおかしくはない。
「いや、そうやのうて、…とにかく!」
振り払うように桐生を見下す。
「俺には弟なんかおらん!二度と俺を兄っていうな!」
「……」
真島はそう言い切って足早にその場から去ってしまった。
当然なのかもしれない。こんな道端で、突然父親違いの弟となのるものを受け入れられるわけない。ロクでもない父親のもとで育ったのだ。家族というものを嫌っていても仕方がない。極道にはいる人間は家庭環境から終わっている人間が多いと聞く。天涯孤独なんて珍しくもない世界。だから組長を親と呼び家族の真似事をする。
――こんなはずではなかったのに。桐生は一人、疲れたように息をついた。

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