「は?!」
これ以上声はでない。そう思うほど大きな声が飛び出た。この十数分で頭に入れていい情報量はとうに超えている。頭がくらくらする。これ以上なにも起きないでくれと祈りたくなった。
この弟は言うことなすことすべて真島の予想を外してくる。どうやって育ったらこうなるのだと恐ろしくも感じた。
「な、なにしとんねんお前!」
「だってこれのせいでマコトさんは殺し屋とヤクザに狙われてるんだぜ?可哀そうじゃん。だから手っ取り早く俺が所有者になった。不動産業やってんだ。別に可笑しな話でもねえだろ」
「そりゃ、そうかもしれんが……」
ならこれから狙われるのは弟ということになるではないか。ほぐし快館でのもめ事で彼の腕っぷしは知っているものの、極道たちが総出になれば勝ち目はない。そのリスクを承知の上だというのか。
「それからあと二つ。もし俺が死んだら所有者は兄である真島吾朗に相続される」
「は?!」
「万一、真島吾朗が先に死に、その後に俺が死んだ場合、遺産は第三者の人間に譲渡される。そう伝えておいてくれ」
「おいおいおいおいおい!待てや!お前!何言うとんねん!」
「ちゃんと法にのっとってるぞ。遺言書にもばっちり書いておいたから変なやっかみがくることもねえし」
たしかに親族が一人しかいない場合、その相続はその者が受けられる。弟がカラの一坪をもっているならば、相続の権利は真島吾朗一人のみとなる。なにも間違ってはいない。この国がそう決めているのだ。この国では血が重要だ。さらにそこに遺言状という確たるものがあれば、外野がはいりこむ余地はない。そのための制度だ。
「多分これでマキムラマコトの暗殺の話はなくなるはずだ。あんたの雇い主の目当てがカラの一坪じゃなかったらの話だがな」
「……もしそうやったらマキムラマコトの居場所を教えてくれるんか」
まだなにかあるかもしれない。そうであってほしかった。弟の言うような筋書きがあるなんて考えたくもない。はた目からは無害な女に見えるようでも、悪い人間なんていくらでもいる。
「まさか。危険がねえようにカラの一坪の所有権を移動させたんだぜ。まだ危険があるようなら殺されねえように隠し続けるだけだ。俺が教えなきゃいけない理由なんて一つもないし」
「弟なんやろ」
「自分で弟なんていないって言ったのは兄さんだ」
強めの舌打ちがでる。確かに自分がそう言った。しかし現在進行形で兄弟という血筋を活用しているのは弟のほうである。
「ていうか弟なんだから兄弟の殺人を止めようとしてんだよ。それくらいわかれよな」
「……うっさい。ボケ」
「なんや。仲悪いんかあ?」
西谷が余計な茶々を入れてくる。睨んでも無視された。
「仲悪いっていうか、向こうが一方的に拒否してくる」
「かわいそうになあ。いっそのことワシの弟分になるか?かわいがったるでえ」
「おい!何どさくさに紛れてカスみたいなこというとんねん!」
「だって真島君がいらなそうにしてるから。ならワシがもらったろうとおもって」
「軽いノリでヤクザにしようとすんなや!」
疲れる。もっと大事な話があるはずなのにドンドンずれていくようだった。無視して軌道修正したいものの、頭の悪い話には突っ込まざるをえない。
「とりあえず俺の話は終わったが、なんか聞くことはあるか」
煙草を灰皿に押し付けた弟はたこ焼きの袋を横目で見ながらそうたずねた。よほど腹が減っているらしい。
「はい!弟君はカラの一坪どうすんの。堂島組に高値で売るとか?」
「いや。俺、堂島組嫌いだし」
「あら」
「恩人が殺されたんだ」
「あ~。そらしゃーないなあ。じゃあどうすんねや」
そういえば不動産屋がただ土地を持っていても仕方ない。どこかしらに売り飛ばすはずだ。当てはあるのだろうかとちょっと気になる。
「マコトさんの兄がうちの社長だから、社長に預けるのがスジなんだけどな。ちょっといま揉めてて保留している。だからその間に俺を狙う人間がたくさん来るだろうな」
「危なっかしい。さっさと手放せや」
堂島組でなくとも価値のある土地なら欲しがる人間はいくらでもいる。命の危険があるなら売り飛ばしたほうがいい。
「そのせいでヤクザが内乱起こしてくれるならありがたい話だぜ。カラの一坪は堂島組が欲しがっているから、我先にって他を出し抜こうとするやつがでてくるはずだ。もう渋澤が動いているくらいだしな。あんな組は内輪もめして潰れちまえばいいんだよ」
「それで弟くんが捕まったらどうすんの」
「あらゆる手段で自殺して所有権を兄さんにうつす」
ごく当たり前のようにさらっという弟に、空気が張り詰める。流石の西谷もここでふざけることはできなかったらしい。目を丸くして弟の言葉が決して冗談ではないと咀嚼しているようだった。
「なあ、西谷さん。ちゃんと渋澤に言っておいてくださいね。俺は堂島組に捕まるくらいなら死んでやる。そしたらカラの一坪は兄さんのものだ。そしたら一体誰が得するようになってしまうのか、よくよく考えさせるように」
真っ直ぐ西谷をとらえる弟に、はったりが無いことを知る。冗談でもなく嘘でもなく、あいつは本気でやるだろう。鉄砲玉よりタチが悪い。
「きみ、覚悟きまってんなあ。ますますええわ。やっぱワシの弟分にならん?」
二度目の勧誘に弟は苦笑で返した。
「俺が死んでも悲しむ人なんかいねえからな。覚悟というよりはやけっぱちだな」
静かに新しい煙草を咥えた弟に言葉が詰まる。
母子家庭だったのだろう。その生活は簡単に想像できる。親しい友人も恋人もいないのだろうか。近しい親族も一人もいなかったのか。
そんな中、たった一人兄がいると知って弟はどう思ったのか。そんなのは決まっている。会いたかったのだ。だからこうして大阪で会うことができた。だというのに、自分は冷たく突き放すばかりで優しくしようとも思わない。
自分のような裏社会の人間に関わらせたくない気持ちもある。けれど、もう少し優しくしてやってもよかったのかもしれない。そんな後悔がじわじわと真島の心を蝕んだ。
「……なんでつい最近まで知らんかった兄弟に、そこまでやれるんや。わざわざ俺を指名しなくたって、その社長に所有権がいくようにもできたはずや」
わざわざ自分を巻き込む必要なんてない。こんな勝手をして弟の社長は怒らないのだろうか。もし雇い主がカラの一坪を狙っていたならば、これ以上ない好機だ。
「……、俺は母親が死んでから初めて親の誕生日を知ったんだ」
「あ?」
「それまではずっと、5月14日が母親の誕生日だと思ってたんだ。戸籍見て驚いたよ。それは兄さんの誕生日だったってな」
「……」
視界が揺らぐ。
記憶にもない母親の話なんて何の思い入れも無い。顔もしならない。けれど、中年の女と幼い弟が毎年自分の誕生日をお祝いしている様子がパッと脳裏に浮かぶ。
ろくでもない父親だったから、きっと母親もそうだったに違いない。そんな思い込みで生きていたというのに、そんな事実は知りたくなかった。足場が音を立てて崩れていくようだった。
「おふくろはずっとあんたのことを忘れないようにしてた。それがわかったんだ。なら、おふくろの代わりに何かしてやりてえって思うのは当然だろ」
「……」
「カラの一坪を雇い主に持っていけば、あんたは極道に戻れるかもしれねえんだからな」
「おまえ……」
弟はいまの真島の状況を知っているらしい。それもそうか。神室町にいれば真島がどの組にいたのかなんてすぐにわかる。そして、なにがおきたのかも、調べるのは簡単だっただろう。
鋭い弟は残りの情報だけで見事に真実まで推測した。聞かなくともそれが当たっていることくらい真島も察してしまう。佐川のことも知っていてもおかしくはなかった。
「弟君は真島君をヤクザに戻したいんか?今殺しをさせなくとも、ヤクザにもどったらするハメになるとおもうで」
「正直やめてほしいけど、事情があるなら仕方ねえんじゃねえの。俺だって前の社長に会ってなかったらヤクザになってたかもしれないし」
弟と西谷の会話が遠くに聞こえる。いったい自分がなにをしているのかわからなくなってきた。なにをしたくてなにをすればいいのか。なぜここにいるのか。全て放り出して逃げてしまいたい。そんなアホみたいなことまで考えてしまう。
この事件にかかわる誰もが自分にするべきことをしかりと自覚している。自分だけができていない。本当にマキムラマコトを殺せばよかったか、殺せなくてよかったのか。もし弟の言う通り、マキムラマコトの暗殺の依頼がなくなったらどうすればいい。今度は弟を狙わなければならないのだろうか。

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